熱情的ヨナ応援ブログ

キム・ヨナのファンが作る、Yu-na Kimファンの、キム・ユナファンによる、金妍兒ファンの為のページ
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Send In The Clowns

Barbra Streisand - Send In The Clowns


Judy Collins - Send In The Clowns


Ruthie Henshall - Send In The Clowns


Glenn Close - Send In the Clowns


Isn't it rich? Are we a pair? Me here at last on the ground, You in mid-air. Send in the clowns.
Isn't it bliss? Don't you approve? One who keeps tearing around, One who can't move. Where are the clowns? Send in the clowns.
Just when I'd stopped opening doors, Finally knowing the one that I wanted was yours, Making my entrance again with my usual flair, Sure of my lines, No one is there.
Don't you love farce? My fault I fear. I thought that you'd want what I want. Sorry, my dear. But where are the clowns? Quick, send in the clowns. Don't bother, they're here.
Isn't it rich? Isn't it queer, Losing my timing this late In my career? And where are the clowns? There ought to be clowns. Well, maybe next year.
ジゼルとは・・・

 



 最近、ヨナのニュースがあまりない・・・。

 という事で、ショートとフリーで使われる曲について、しばらく調べてみよう。。。

 ショートで使われる「ジゼル」について、wikipediaには、このように書いてある。




『ジゼル』(Giselle )は、アドルフ・アダン作曲によるバレエ作品(のちの改訂時にヨハン・ブルグミュラーとレオン・ミンクスが曲を追加している)。ロマンティック・バレエの代表作の一つで、現在でも頻繁に上演されている。


結婚を目前にして亡くなった娘達が妖精ウィリーとなり、夜中に迷い込んできた人を死ぬまで踊らせるというハインリッヒ・ハイネによって紹介されたオーストリア地方の伝説に着想を得て作られた。2幕物で、第1幕の昼間の森の場面と第2幕の夜の場面の対照が印象的である。主人公が死装束で踊る唯一のバレエ作品といわれる。

振付:ジャン・コラリ、ジュール・ペロー
台本:ジャン・コラリ、テオフィル・ゴーティエ、ヴェルノア・ド・サン=ジョルジュ
初演:1841年6月28日、パリ・オペラ座 ジゼル役はカルロッタ・グリジ、アルブレヒト役はリュシアン・プティパ。
注:現在最もよく上演されるのはマリウス・プティパによる改訂振付、およびそれに基づいた振付である。


主な登場人物
ジゼル:村娘
アルブレヒト:貴族、版によってはアルベルト[1]
ヒラリオン:ジゼルに思い焦がれる森番の青年、版によってはハンス
バチルダ:アルブレヒトの婚約者で公爵令嬢
ベルタ:ジゼルの母親、寡婦
ミルタ:ウィリー(精霊)の女王
注:バレエ団により解釈が違う。 


あらすじ
 第1幕
心臓が弱いが、笑顔を絶やさない踊りの好きな村娘ジゼルに、アルブレヒトは貴族である身分を隠し、名をロイスと偽って近づく。ふたりは想いを通わせるが、ジゼルに恋する村の青年ヒラリオンは面白くない。彼はアルブレヒトが普段の衣装や剣をしまう小屋から剣を見つけ、村の青年ではないことを確信してその剣を持ち出す。

ある時、ジゼルの村にアルブレヒトの婚約者、バチルダの一行が狩の途中に立ち寄る。村娘ジゼルとバチルダはお互い結婚を控えているもの同士として仲がよくなる。その後、ヒラリオンが持ち出した剣によりアルブレヒトの身分が暴かれる。アルブレヒトは混乱するジゼルをなだめるが、ヒラリオンは更にバチルダと公爵を連れて来る。もはやごまかしようのなくなったアルブレヒトは公爵に礼を執り、バチルダの手にキスをする。それを見たジゼルは錯乱状態に陥り、母ベルタの腕の中で息絶える。ヒラリオンとアルブレヒトは互いの行為を責め合うが、村人たちやベルタに追い出されるように退場したのはアルブレヒトだった。

 第2幕
森の沼のほとりの墓場。ここは結婚を前に亡くなった処女の精霊・ウィリーたちが集まる場所である。ジゼルはウィリーの女王ミルタによってウィリーの仲間に迎え入れられる。

ジゼルの墓に許しを請いにやってきたヒラリオンは鬼火に追い立てられる。ウィリーたちは夜中に迷い込んできた人間や裏切った男を死ぬまで踊らせるのである。ウィリーたちがヒラリオンを追う間、ジゼルを失った悲しみと悔恨にくれるアルブレヒトが彼女の墓を訪れ、亡霊となったジゼルと再会する。

ヒラリオンはウィリーたちに捕らえられ命乞いをするが、ミルタは冷たく突き放し死の沼に突き落とす。ミルタはアルブレヒトをも捕らえ死に追いやろうとする。アルブレヒトが最後の力を振り絞り踊るとき、朝の鐘が鳴りウィリーたちは墓に戻っていく。ジゼルは朝の光を浴び、アルブレヒトに別れをつげて消えていく。

 解釈をめぐって
アルブレヒトのジゼルへの愛は貴族の戯れに過ぎなかったのか、それとも本当にジゼルを愛していたかは、ダンサーにより解釈が異なる。ユーリー・グリゴローヴィチ版以降、第2幕ではジゼルがアルブレヒトを許しウィリーたちから守るという解釈をすることも多い。また、マッツ・エック版では、ジゼルは死ぬのではなく、精神病になるといったような解釈をされている。



 なんと・・・、悲恋の物語であったとは知らなかったし、主人公が死ぬとか、幽霊(精霊?)が出てくるなどとは全く知らなかった。怪談話のようだ。そしてある人の解説によると、「ジゼル」の物語の中には、愛、裏切り、復讐、そして許しという様々なテーマが込められているらしい。とても悲しいが、美しいストーリーである。バレエの事についての知識はほぼ皆無である。しかしヨナがジゼルをやるというならば、調べなければなるまい。ジゼルというのは、バレエの定番みたいな感じである。イメージはこのような感じである。




 しかし、そもそもバレエって、一体なんなのだろうか。あまりにも人間離れした動きと体型をしている。そんな事言ったら、フィギュアだって、氷の上で空中で三回転連続ジャンプするのだから、よほど人間離れしているけど。

バレエ(Ballet)は、西ヨーロッパで発生し広まった、歌詞・台詞を伴わない舞台舞踊。及びその作品を構成する個々のダンス。音楽伴奏・舞台芸術を伴いダンスによって表現する舞台で、もとはオペラの一部として発達した。そのため物語性をもち、複数の幕をもつ舞踊劇が多い(「くるみ割り人形」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ドン・キホーテ」など)。しかし20世紀以降には物語性を否定する作品も生まれた。一方で短い小品でありながら優れた物語性をもつものもある(「瀕死の白鳥」など)。事前に振付家によってバレエ独特の所作を指定されたものを演じ、即興作品は少ない。振付の仕方を振付術(コレオグラフィー)という。

バレエはルネッサンス期のイタリアに起源を発する。当時、宮廷では余興として詩の朗読、演劇などが演じられていたが、その一部としてバロ(Ballo)と呼ばれるダンスが生まれた。宮廷の広間で貴族たちが歩きながら床に図形を描いていくもので、それをバルコニーから眺めるのが当時の楽しみ方であった。16世紀、ジョヴァンニ・ジャコモ・ガストルディにより世俗合唱曲が流行すると、その歌に踊りを加えたバレット(Balletto)が生まれ、やがてバレッティ(Balletti)と呼ばれるようになった。1463年、グリエルモ・エブレオ『舞踏芸術論』のなかでBallettoという語が初めて用いられている。ドメニコ・ダ・ピアチェンツァなど舞曲の作曲家や、ドメニコ・ダ・フェッラーラ(フェラーラ侯レオネルロ・デステに仕えた)などの舞踏教師が登場し、イタリアの貴族が盛んに舞踏会を開催したことが分かる。1496年にはレオナルド・ダ・ヴィンチが衣裳と装置を担当した「楽園」が初演された。

1533年、イタリア、フィレンツェのメディチ家からフランス王室に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによりバレッティ(Balletti)がフランスにもたらされ、バレ(Ballet)と呼ばれた。1573年「ポーランド人のバレエ」(演出・振付:ボージョワイユー)が初めてバレ(Ballet)と称している。1581年の「王妃のバレエ・コミック」(演出・振付:ボージョワイユー)は、完全な記録の残っている最初のバレエ作品である。これらを皮切りに、バレエは宮廷において盛んに踊られるようになり、16世紀末から17世紀初頭の20年間で約800のバレエが上演されたと言われる。1643年、ルイ14世が5歳でフランス国王に即位した際には、数時間にも及ぶ豪華絢爛なバレエが催され、ルイ14世自らが出演した。ルイ14世はバレエに熱中し、1653年15歳の時に『夜のバレエ』で本格的に舞台デビュー。よりバレエの質を上げようと1661年に王立舞踏アカデミーを創立した。ルイ14世の舞踏教師ピエール・ボーシャンによってポジションが定められ、舞踏符が確立されるなど、バレエがダンスとして体系づけられたのもこの頃である。

1670年にルイ14世が舞台から引退すると、バレエは宮廷から劇場に移り、職業ダンサーのダンスに変化していった。翌1671年、オペラ座が設立(当時のバレエはオペラと一体であった)。1681年、『愛の勝利』で最初の女性ダンサー、ラ・フォンテーヌが劇場に登場し、18世紀に入るとマリー・カマルゴ、マリー・サレなど女性職業ダンサーが続々とオペラ座からデビュー。宮廷バレエでは男性ダンサーが中心だったが、1726年、マリー・カマルゴが男性のみの技法であった跳躍をし、女性ダンサーが人気を博するようになった。同時に、1700年に最初のバレエ教本、フイエ『舞踊術、あるいは記号、絵、記号による舞踊記述法』が出版され、1713年にはオペラ座にバレエ学校が創設されるなど、バレエ教育が確立。バレエの技法も複雑化していった。1760年、ジャン=ジョルジュ・ノヴェールが『舞踊とバレエについての手紙』にてバレ・ダクシオン(ballet d'action)を提唱した。これにより、バレエはオペラから独立し、台詞のない身振り(ミーム)による舞台演劇として確立した。

ロマンティック・バレエ
18世紀後半にフランス革命が起こると、伝統や権威に反発し自由で神秘的なものを重んじるロマン主義がヨーロッパを席巻し、ロマンティック・バレエ(ロマン主義のバレエ)が誕生。

クラシック・バレエ
ロシアではフランスの宮廷バレエが伝わった。フランスでロマン主義が衰退した19世紀後半、後進国であるロシアではロマンティック・バレエが踊り続けられており、その後独自の発展をした。ドラマ主体のロマンティック・バレエに、物語とは無関係のダンスシーンを取り入れたことから、クラシック・バレエ(古典主義のバレエ)と言う。クラシック・バレエでは技法は非常に複雑。

モダン・バレエ
モダン・ダンスの要素を取り込んだバレエをモダン・バレエと言う。


 あらためて、ジゼルについての説明を読むと、ロマンティック・バレエの代表作である事が分かる。そしてバレエの起源というものが、ものすごく古くて、宮廷での貴族たちのお楽しみだった事が分かった。またルネッサンスといえばイタリアだし、それがフランスに伝わって発展したというのも、納得である。またロシアに伝わったら、やたら複雑になって、クラシック・バレエが完成したというのも、なんかロシアの国民性が良く分かるようである。またロマンティック・バレエという事は、クラシック・バレエに比べて、技法は簡単ということなのだろうか。いや、そんなことはない。と言われそうであるが。
 また、読んでみて「そうか!」と思ったが、そう言えば、バレエで、喋ったり歌ったりしている人を見たことがない。バレエは喋らないで、感情を表現するのだ。まあバレエ自体、殆ど目にした事がないけど。

 さて、ここまでバレエについて、学んできたが・・・(wikipediaを読んだだけだが)、バレエとフィギュア・スケートは、似ているものがありはしないだろうか。バレエの最初は、「歩きながら床に図形を描いていくもので」とあるが、フィギュア・スケートも最初は氷の上に図形を描く競技から始まったのだ。更に言葉を使わずに、物語を表現するという点でも似ているし、表現力が必要なのも、驚異的な身体能力が必要であるのも、見た目華やかで、女の子が憧れそうなところも似ている。

 というわけで、ジゼルとやらを観てみよう。youtubeで。



 うーん。すごーい。わーすごい。この場面は超好き。

ガーシュインを弾いてみた(第2弾)


最初から2/3くらいまで。



 今日はワールドカップで世界中が大騒ぎである。そして韓国は勝ったみたい。おめでとーございます。ヨナは誰かと一緒に試合を観たのだろうか? あんなに応援CMに出ているのだから、勝ってきっと喜んでいるに違いない。というより、ヨナに応援されたら、勝つ以外ありえないよね!!

 今回も最初から弾く・・・というのも、一つの方法であるが、とりあえず現段階では、前の演奏の続きという事で曲を繋げてみた。できるようになったら、一気通貫に弾くのもやってみたい。この中盤のパートは、ピアノメインの部分が終わって、弦楽器とか管楽器などがメインのメロディーを奏でている。ピアノは前半ほとんどお休みである。そしてピアノソロから、怒涛のユニゾンが始まる。いやー・・・とにかく難しかった。。。

 そしてひたすら盛り上がり、ついに最高のラストパートに突入だ!! こんな楽譜見たことない!!ってくらい難解な技巧が目白押しだ!! 弾けるようになるのだろうか??? ひたすら練習して完成させないと・・・。
ガーシュインを弾いてみた


 全世界のKim Yu-na ファンの皆様、私、ki-laが、ヨナがフリーで滑ったバージョンのガーシュインを弾いてみました。
 と言っても最初の1/3だけだけど。
 そのうち、オーケストラと同期した完全版をアップするという計画である・・・。

◆A Yu-na Kim fan plays Gershwin (Concerto in F)



 大変ありがたいことに、アップして3時間くらいであっという間に再生回数が300を超えた。
 コメントもとても嬉しい。
 今のところ、多分同じことをやっている人はいないみたいである。
 まだ完成バージョンとは言い難いのであるが、とりあえず現段階でアップしてみた。

 とりあえずここまでどのようなステップを経たのかというと・・・

1)ガーシュインが弾きてーなーと思う。
2)オーケストラ版ではなく、二台のピアノによる連弾用の楽譜をなんとか入手。
3)ヨナのフリーで使用された箇所を三楽章68ページの中から、全てピックアップ。
4)特定箇所のみを切り貼りして、ヨナバージョンの楽譜が完成。
5)毎日練習。
6)前半1/3だけ何とか弾けるようになったので、ビデオ撮影。
7)アップ。

 しかし、本当はオーケストラバージョンをバックに完全にピアノで弾くことが目標である。そして、できればちょいと話題になって、ヨナ本人が見てくれたら、それは感無量以上の幸せである。このブログへのリンクでも張ってみるか・・・。
 まあ、とにかく、もっと練習しなければ・・・!!

全日本フィギュアの感想
 



 つれづれなるままに、全日本フィギュアの感想でも書こうか・・・。
 浅田選手は、復活!! と言っても良いであろう。多分。安藤選手は後半バテていたようであったが、まあまあ良かった。
 これでバンクーバーが、熱い試合になりそうで良かった。

 さて今回の目玉は何かと言ったら、鈴木選手vs中野選手であっただろう。
 果たしてどちらがオリンピックに出場するのか、そこが一番のポイントだったと思う。
 私は中野選手も嫌いでは無いし、鈴木選手も嫌いでは無い。だから結果がどうなろうと、半分嬉しく、半分切ない。それはどういう結果になろうと絶対にそう感じると分かっていたのだ。

 中野選手はクールで、試合後にインタビューでもいつもハキハキと答えていて、性格がキツそうなイメージがあるかもしれない。
 しかしちょっと前にアイスショーで見た中野選手は、全然そんなイメージは無かった。ファンが花束やプレゼントをあげると、すごく笑顔になり、感謝の言葉を口にしていた。こんなに良い人が世の中にいるのだろうかと思うくらい、良い人という感じであった。ファンの人が何かを喋っているのを、目を見ながら、笑顔で聞いて、握手をしていた。なんてファンへのサービス精神のある子なのだろうか。名古屋のメーカーの社長の娘さんである。名古屋の中野選手特集の番組を観た事がるが、お父さんが娘さんを語る姿が印象的であった。中野選手は一日警察署長もやったことがある。婦警の制服が良く似合っていた。
 
 そして鈴木選手であるが、この人は24歳であるが、とても初々しく、新鮮な印象がある。GPFで観客の心を一番つかんでいたのはこの人だ。ノリが良く徐々に盛り上がる曲、笑顔、楽しくてダンサブルな振り付け、勢いのある演技、確実なジャンプ、そして目立たない存在から一気に上り詰めたようなサクセスストーリー、それらが合わさって、観客の気持ちが演技を後押しするような、そんな勢いのある人であった。
 またGPFで出待ちをしていたときの事だが、鈴木選手が会場から出て来るのを見かけた。細い声で、笑顔で応えてファンに向かって手を振っていた。ホテルに向かうバスがあるのだが、出発するまでにかなり間隔があった。鈴木さんはバスの中で一人で20分くらいずっと出発するのをオーラを消して待っていた。バスの中にいるのを出待ちしていた人たちも忘れていたぐらいである。大人しくて、マジメでちょっと地味な女の子という感じであった。
 

 そして昨日の結果であった。
 中野選手は点数が出た後にも、ほとんど笑顔が無かった。だがこの点数ではほとんど決まりかなと誰もが思った。
 しかしそれを覆す大逆転の鈴木選手のフリーの演技、思わずもらい泣きしてしまった。あの演技は素晴らしかった。そしてオリンピック出場が決まった。まさかのスーパーシンデレラストーリーだ。
 中野選手が四年間、ずっと頑張ってきたことを皆が知っている。そしてそれだけの実績を積み上げてきた事も・・・。本当にまたあと一歩のところで、その夢が消えてしまったのは切なかった。

 勝利の美酒には敗者への哀悼の涙がともなう 龐統(蒼天航路)

 こんな言葉を思い出してしまう。


 何はともあれ、バンクーバーに向けて、日本と韓国、とりあえず役者は揃った!!
 バンクーバーで勝利の美酒を味わうのは誰になるのだろうか??
ガーシュイン特集

ガーシュインについて

 

 今年のフリーではガーシュインの曲が使われている。ところで、ガーシュインって誰だ??
 今日はガーシュインについて調べてみよう。

 

 

【引用開始】
WIKIPEDIAより

ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898年9月26日 - 1937年7月11日)は、アメリカの作曲家。ポピュラー音楽・クラシック音楽の両面で活躍し、「アメリカ音楽」を作り上げた作曲家として知られる。通称『完璧な音楽家』。
本名ジェイコブ・ガーショヴィッツ(Jacob Gershowitz)。ロシア系ユダヤ人の移民の息子として、ニューヨークに生まれた(もとの姓はゲルショヴィチ Gershovich < *Hirschowicz)。クラシック音楽に触れたのは小学生のときに聴いたドヴォルザークの「ユモレスク」だという。父親は貧しい生活の中、ジョージの兄のアイラ・ガーシュウィン(en:Ira Gershwin)に音楽を学ばせようとピアノを買ってやったが、文学者肌のアイラはピアノを弾かず、代わってジョージがピアノに親しむことになった。出世作となったのは、作詞家アーヴィング・シーザーとの共作になる1919年の歌曲「スワニー」で、人気歌手アル・ジョルソンに気に入られて彼が繰り返し歌ったことからヒットし、人気ソングライターとなる。1920年代以降は、作詞家となった兄アイラ・ガーシュウィンと組んで、レビューやミュージカル向けに多くのポピュラー・ソングを送り出した。ガーシュウィン兄弟によって作られ、後年までスタンダード・ナンバーとして歌われている歌曲は「私の彼氏」「バット・ノット・フォー・ミー」「アイ・ガット・リズム」などをはじめ、おびただしい数に上る。クラシックにも取り組み、1924年には「ラプソディ・イン・ブルー」(Rhapsody in Blue)を発表。オーケストレーションにファーディ・グローフェの協力を得て、ジャズとクラシックを融合させたこの作品は「シンフォニック・ジャズ」の代表的な成功例として世界的に評価された。その後独学でオーケストレーションを学び、いくつかの管弦楽作品を残した。そのひとつ「パリのアメリカ人」(An American in Paris、1928年)もよく知られている。因みに、オーケストレーションを学びたいが為にイーゴリ・ストラヴィンスキーの元に訪れたら、クラシック作曲家としては異例の高収入で知られていた事から、逆に『如何すれば其処まで収入を上げられるのかこちらが教えてほしい』と言われたエピソードがある。また、モーリス・ラヴェルにも教えを請うたが、ラヴェルからは「あなたは既に一流のガーシュウィンなのだから、二流のラヴェルになる必要はないでしょう」と言われたと言う。兄アイラと作家デュボース・ヘイワードとの協力によって書かれ、黒人コミュニティの風俗をリアルに描いたフォーク・オペラ「ポーギーとベス」(Porgy and Bess)は1935年にオール黒人キャストという意欲的な企画で初演されたが、初演時は反響は得られなかった。のちに評価が高まり、現在ではアメリカ音楽の古典となっている。劇中で歌われる「サマータイム」(Summertime)はポピュラーソングのスタンダードナンバーとして広く親しまれている。1937年7月11日、脳腫瘍のためハリウッドにて急逝した。まだ38歳9ヶ月の夭折であった。亡くなる直前の「頭の中で何かが焼ける音がしてから、自由が利かなくなった」との発言から、死因はクモ膜下出血ではないかとの説もある。舞台作品の数は50曲にのぼり、その中でオペラは2曲、ミュージカルが50曲、映画音楽は4曲しか残されていない。管弦楽曲は7曲を作曲している。室内楽曲は2曲のみ。ピアノ曲は10曲。歌曲は500曲も残されている。また、ガーシュウィンは多調や十二音技法にも関心を持っており、「2つの調による即興曲」では多調を試みている。
【引用終わり】



 なるほどー。のだめで有名な「ラプソディ・イン・ブルー」もこの人の作曲だったんだねー。へー。この曲を聴くと、のだめのエンディングを誰だって思いだすであろう。また"のだめ"がマングースの着ぐるみで、鍵盤ハーモニカで演奏した曲である。
 この曲がガーシュインの一番有名な曲らしい。聴いてみよう。

 最初から流れるテーマが何度も繰り返されて、どんどん盛り上がっていく。ピアノが難解なパートを弾いて我慢をしてると、、パーンと盛り上がる。ちょっとジャジーでもある。シンフォニック・ジャズとは、つまりクラシックとジャズの融合であり、その成功例はあまり多くないらしい。

 というか、この人はアメリカ人なのか。バンクーバーが北米で開催される事も見越してこの曲にしたのかもしれない。
 20世紀の音楽家という事で、クラシックのような分かり易さよりは、現代音楽的な難解さも見え隠れしている。

 「パリのアメリカ人」が二番目に有名な曲らしい。私は聴いた事がなかった。

 WIKIPEDIAによると・・・【1920年代に過ごしたパリの活気に触発されて作曲された、大掛かりな標題音楽であり、いわば音楽によるフランス紀行文である。特定の物語があるわけではないが、自動車のクラクションの利用に認められるように、現代の都会の生活や喧騒が、ウィットを交えて楽しく描き出されている】ということらしい。

 「サマータイム」という曲は、色々なバージョンがあるが、このサックスのアレンジは、聴いた瞬間好きになる。


 「バット・ノット・フォー・ミー」という曲も、ジャズの王道のようだ。こんな曲は、サンマルク・カフェに行くと、いっつもかかっているような気がする。つまり知らず知らずのうちに、ガーシュインの曲を何度も何度も聴いていたのかもしれない。




 さて、WIKIによると・・・ガーシュインは、自分の出世作である『ラプソディ・イン・ブルー』のオーケストレーションを自分の力でできなかったことをひどく気にしていたらしい。そしてラヴェル、ストラビンスキーなどに教えてもらおうとしたが、相手にされなかったらしい。そして後に、ガーシュウィンはオーケストレーションを独学で学び、『ピアノ協奏曲へ調』などの傑作を残したという事である。
 正にこれがキム・ヨナの選んだ『ピアノ協奏曲へ調』(コンチェルト・イン・エフ)である。WIKIPEDIAによると・・・


【引用開始】
『ヘ調の協奏曲』(英語:Concerto in F コンチェルト・イン・エフ )1925年に指揮者ウォルター・ダムロッシュの委嘱により作曲された。『ラプソディ・イン・ブルー』に比べると、かなり伝統的な協奏曲に近づいている。作曲に当たってガーシュウィンは、初めて音楽理論書を買い求め、楽式を学んだという。批評家の間では、ジャズとクラシックのいずれに分類すべきかをめぐって意見が割れた


楽器編成⇒独奏ピアノ、フルート2、ピッコロ、オーボエ2、コーラングレ、クラリネット2、バス・クラリネット、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、銅鑼、鐘、木琴、弦五部 


楽曲構成⇒3楽章からなり、開始楽章と終楽章には主題同士の関連性が見受けられる。中間楽章が最もジャズに影響されている。演奏時間は約32分。
・第1楽章 Allegro ヘ長調、2分の2拍子。自由なソナタ形式による。作曲当時の大衆的なダンス音楽である、チャールストンが支配的な着想源となっており、明らかにジャズのイディオムが認められる。
・第2楽章 Adagio - Andante con moto 変ニ長調、4分の4拍子。ブルース風に構成された楽章である。
・第3楽章 Allegro agitato ヘ短調、4分の2拍子。脈打つような精力的なフィナーレ
【引用終わり】

 

では、改めて聴いてみよう。

 

 ヨナの曲は、第一楽章と第三楽章を繋げて使っているのだ。
 第一楽章はこちら(たぶん)。
 
 うーん。良い曲だ。ヨナのフリーでは、ピアノが始まるところからであり、その前はカットされている。主な聴きどころは、前半のピアノに集約されているような気がする。また過度にジャジーなところは、スケートではカットされているという事が分かる。しかしこの曲は非常に良い曲だ。ジャジーな部分もありつつ、クラシック的な落ち着きやダイナミックさも備えている。そしてとても新鮮で、楽しい。アメリカ人は、こういうクラシックにない新しさがきっと好きに違いない。そしてカナダ人ももちろんそうであろう。


 そして第三楽章はこちら(たぶん)。
 
 この動画にはぶっ飛んだ!!! なんと、、オザケンの叔父さん、日本の誇る小澤征爾さんが、ガーシュインのコンチェルト・イン・エフを指揮しているではないか!!!! しかも、ジャズのノリなので、かなりノリノリだ。この動画でも、ピアニストが黒人だという事が、ジャズっぽい感じを醸し出している。オーケストラと、黒人のノリノリなジャズピアニストと、ドラマー、コントラバシストがいて、さらにあの小澤征爾さんがいて、アメリカ人のガーシュインの曲をやっているというのは、ちょっと異様な光景だぁ!!
 アジア・アフリカ・北アメリカ・ヨーロッパのコラボレーションだ!! しかもガーシュインはロシア出身のユダヤ人だし。
 しかしこれだけ詰め込んで詰め込んで、そしてラストのあの盛り上がりに突入するわけなのだな!! これはすごい曲だと思う。シンフォニックで、複雑で、色彩が絢爛豪華にキラめいているような曲である。
 この曲のチョイスはすばらしい。そしてこの曲で自分の世界を魅せてくれるヨナはすごいなー。


 というワケで、いろいろとこれからは曲についてもマニアックに調べていこう。

【GPFレポ4】 GPFで〜山犬さんたちに〜出会った〜!!







 GPFについての続きのレポートである。
 休憩時間中の話。トイレに長蛇の列ができているのを横目で見ながら、会場をブラブラしていた。すると、白いダウンジャケットを着た韓国の方々がいた。なぜか「山犬」と呼ばれているヨナのファンたちである。おお!! 俺も仲間ですよ。と言いたかったが、なかなか話しかけるには勇気がいる。そして良くみると、なんとヨナの寄せ書きを集めているではないか。つまり横断幕に、沢山の人の応援メッセージを集めて、会場に飾ろうということであった。なんという用意周到で、ヨナ想いであり、アイデアに溢れているのであろうか。
 で、よかったら書いてくださいという。そこは行列ができている場所のすぐ横なので、たくさんの人が通り過ぎる。うーん。すごいな。よくできてるな。そしてもちろん、俺が書かないわけがないではないか。
 もちろん、書きますよと言う感じで、赤いペンを受け取った。そしてなんと書こうか・・・そして何語で書こうか・・・ということをものすごく考えた。英語か韓国語か日本語か・・。そしつ結論は「日本語で書けば、他にも沢山の日本人が書いてくれるのではないか」ということであった。つまり自分が呼び水となって、他の人のメッセージも増えればよいではないかということだ。そしてでっかく「YU-NA がんばれ!」と書いた。小学生レベルですねー。でもハードルを下げるという意味もあったのだ。
 さて、思い切って話しかけてみた。話しかけるとしたら、若い女の子が良い。そして緊張しながらも、貴方は韓国人ですか? 私は日本人です。そしてヨナのファンです。と韓国語で話してみた。そしてこのブログもやってるんですよ。すごいファンなんですよ。と携帯を見せながら話した。
 ここまではなんとかつたわったと思ったのだが、どうやらこんな風に伝わったようだ。「私は日本人でヨナのファンなんです。ブログを書いていて写真を撮ってブログに載せたいんですが、良いですか?」と。
 そしてみんなで写真を撮りましょうということになった。


 ほとんどが韓国の人であったが、老若男女いろいろな方がいらっしゃった。
 私の持っているこのピンクのバナーをみんなに配っていた。そしてヨナが登場したらこれをみんなで振ってね。ということであった。


 さて、もうすぐ女子フリーがはじまるぞというときに、警備員が何か言ってる。「これはダメですよー」と。何事かと思いきや、先ほどの応援バナーに、Hepticの携帯が写っていたのだ。スポンサーはかなりの金額を出して、スポンサーになるのだから、金を払っていない企業の商品がテレビに映ってしまったら、テレビ局がスポンサーから、怒鳴られてしまう。
 しかし、携帯の部分をテープで隠して事なきを得た。話がスムーズに解決してよかったよかった。


 ヨナのファンの人たちと、なんとか仲良くなりたいと思うのだが、まず韓国語が話せない。そして向こうも日本語を話せる人もいれば話せない人もいるのだが、仲間同士では韓国語で喋っている。当然か。
 そして思うに、もしかしたら日本人のスケートファンのことを良く思ってない人もいるのかもしれない。。だから、なんとなくよそよそしい感じになってしまうのだろうか。


 しかしヨナがスケートで活躍するのが、韓国の国家プロジェクトとかいう人もいるが、果たして本当にそうだろうか。この人たちは、韓国からわざわざ来日して、これだけ沢山の応援バナーを貼っているのだ。その組織力たるや凄まじい。そしてそれを無償でやっているのではなかろうかと思う。。それは正にNPO、つまりNonProfit Oraganizationである。そしてNGOでもあるような気がする。俺は今回のヨナ観戦一人ツアーに、ウン万かかっているのだが、それでもあんなでかいバナーを作る事もできないし、バナーを作ることもできないし、おそろいの服を買うこともできないし・・・。である。そもそも日本に来るだけでもけっこうな金がかかっているであろう。
 本気でファンをやるのも大変だなーと思う。もう偉いとしか思えない。尊敬しますよ。本当に。


 とか言ってると、ヨナから「あまりにも過剰な応援はやめてほしい」的な発言がメディアをにぎわせているようだ。なんか面白い国民性だなあと思う。


 今日もヨナの演技にたどりつかなった。。。

【GPFレポ3】 GPFのよもやま話


 パソコンもなぜか自然治癒したことだし、GPFについてレポートしてみよう。ちょっと何日か過ぎてしまったけれど。
 やはりですねー。やっぱ生の試合ほど良いものはない。生のヨナほど良いものもない。最高であった。とにかく最高だった。しかもその余韻がずっと続いている。そろそろ酔いがさめてきつつあるが、五日酔いくらいに気持ちよく酔っているような状態だ。毎日、代々木の出来事を思い出しては、「ああ、最高だったなぁ。行ってよかったなぁ。」と思うのである。
 それに今回、とても素晴らしくて、本当に行ってよかったと思ったのは、ヨナだけではなく、他のスケーターの演技も素晴らしくて、特に女子ジュニアの試合が非常に面白かった。また男子スケートは、いつもテレビでやっていても早送りしてしまうのだが、やはり女子にはゼッタイできないような技を決めまくるライサチェックなんて、本当にすごかった。カッコイイ。女子ジュニアの試合は、実は次のオリンピックで活躍するような、物凄い人材がゴロゴロいて、しかも若いし可愛いし、初々しいし、こんなに面白いものをテレビでやらないのは、なんでだろうと思った。
 またライブ感が最高だ。正に、今、ここで、歴史が一つ作られるという、現場にいて、体験することができるのだ。それはテレビでは間接的にしか味わってなかったんだなということが良く分かる。またガチの勝負だから面白い。アイスショーも面白いけれど、勝つか負けるか分からないような、本気の試合ほど熱いものはない。そして観客は、選手と一体になるような雰囲気を味わうことができる。
 そしてファンの人と、交流することもできる。今回、勇気を出して、山犬さんたちに話しかけてみた。そして一緒に写真を撮ってもらった。できれば友達になりたかったのだが、そこまでの勇気がなかった・・・。たぶん語ろうと思えば徹夜で語れるような気がするのだが・・・。
 
 
 まずチケットの取り方であるが、これはもう早めにニュースを知る事が大事である。そしてチケットの優先配布をしているところもあるし、チケットをどうやって入手したらいいのか、書いてあるサイトもあるし、これは先んずるに越した事は無い。そうすれば安くて良いチケットが手に入るであろう。
 しかし、私もそうだったが、東京で、つまり家の近所でGPFが行われるなんて、ぜんぜん知らなかった。まあ、世界のどっかでやるんだろう。録画しなきゃなあと思ってただけである。
 知ったときは、あたふたした。知ったら、オークションサイト、チケット屋に行くしかない。まあとにかく、簡単である。金さえ出せばなんとかなるのだ。
 今回、ショートは仕事の都合で行けなかったのだが、、、、(考えてみれば無理やり休んでショートも行ったとしてもたぶん良かったんだと思う。) 土曜・日曜と2daysであった。まあちょっと金はかかったが、その価値は十分にあった。というより、一生の思い出レベルなので、プライスレスにも程があるということだ。


 さて、準備である。準備の段階もかなり楽しいのである。例えばの話であるが、なんと選手にファンレターを出すこともできるのだ!! またなんとプレゼントを渡すこともできるのだ。自分が買ったものが、かなりの確率で相手に届くのである。たぶん。本当に届くのだろうか? 本当にそんなの読むのだろうか? 疑問はつきないが、素直に考えればそういうことだ。
 そして双眼鏡も必要である。そして近眼の人はメガネ・コンタクトを新調すると良い。私などは、普段より度が0.25マイナスのコンタクトレンズを、一週間前に準備した。その結果、一日目は頭が痛くて仕方がなかった。。。
 当然であるが、氷の近くは寒いので、ヒートテックの下着を着たり、ダウンジャケットを着たり防寒対策は必須である。

 

 準備万端で、あっっというまに当日になってしまった。

 

 会場には原宿駅まで行って、歩道橋を渡っていくのだが、その前にコンビニに行って、パンを沢山買っていくと良い。会場で買おうとすると高いし並ばないといけないのである。会場は12:30から開いているのだが、ヨナが登場するのは20:08:10〜20:15:50なのである。(なんと会場に置いてあるスケジュールには、秒単位で滑走順が書いてあるのだ。) つまり最初からいると、八時間くらい見る事ができるというわけである。なので腹も減るし、かなり疲れるのである。
 だが、私は敢えて最初から見ることをオススメしたい。私はせっかく高いチケットが勿体無いので、ほとんど最初からいた。そしてジュニアだから大したことないんじゃないのと思うのは、大間違いである!!ジュニアもペアもアイスダンスも男子も、本当に本当に素晴らしかった。
 そして昼すぎくらいから、演技を全て観て、出待ちまでしたので、会場を後にしたのは23:30くらいであった。つまり11時間近くスケートなどを満喫できたというわけであった。家に帰ってからもヘトヘトであったが、さらに次の日も昼からだったし、まあそれはそれは体力も使うし、金も使うし、軽い海外旅行なみの想い出タップリ感があった。本当に行ってよかったし、行った価値は十分すぎるくらいあった。


 さて会場は広いし、ちょっとひんやりしている。真ん中にスケートリンクがあるが、キス&クライもそこだけ異様な明るさをもって存在していた。会場にいるのは9割以上は女性であった。


 ジュニア・アイスダンスがあり、女子ジュニアがあり、ペアフリーがあり、男子フリーがあった。一つ一つが素晴らしくてコメントしたいぐらいなので、いつかコメントしようと思う。まあ特筆すべきはジュニア・アイスダンスのELENA ILINYKHさんが良かった。シンドラーのリストで滑るのであるが、帽子を被り、囚人服のような衣装で、最後は可哀想な結末を迎える主人公をフリー演じていた。表現力があるし、本当に魅力的な選手である。これから活躍するであろう。またビックリしたのは、表彰台で二位になった後に、SS席に座っていた日本人?のおばちゃんかファンなのか分からないが、抱擁していた事である。テレビでやらないのが勿体無いと思った。
http://www.isuresults.com/bios/isufs00011927.htm
http://en.wikipedia.org/wiki/Elena_Ilinykh


2010/1/31追記↓ その時の映像がこちら!! Elena ILINYKHさんは、なんと15歳。おとなっぽすぎるだろ。かわいこちゃんですな。

◆Elena ILINYKH & Nikita KATSALAPOV FD JGPF

 またビックリするほどロシアのジュニアの男子選手はカッコイイ。王子様すぎるだろうと思った。


 そして女子ジュニアは、Anna Ovcharova選手が物凄く笑顔が良くて表現力があったと思う。フワーッとした花のよう。ソチか、さらに次のオリンピックに出てくるかもしれない。ナタリー・ポートマンみたい。
 村上佳菜子選手、なんか松浦亜弥にそっくりだ。人気が出ないはずがない。これから辛い道を歩むことにならないか、なんとなく心配してしまう。。。とにかくジャンプがキレイ!! そしてリプレイでスクリーンに大写しになった山田まちこコーチの選手を見守る姿が面白かった。
 Angela Maxwellは、アメリカンなティーンエイジャーって感じ。髪も結ばないショートヘア、ショートで失敗して、笑顔であちゃ〜っという顔や、フリーで会心の演技をして、ハイパーリアクションで喜ぶ姿とか面白い。
 Christina Gaoはすんごい細いが、繊細な演技をする。ジャンプがすばらしい。本当にジュニアかと思うほど。さすがヨナの妹分だ。
 Polina Shelepenは、髪型や衣装が、可愛すぎるし、ジャンプも表現力も一番良かったかもしれない。
 Kiri BAGAは小さい天才少女という感じ。フリーで崩れてしまったのは残念・・。
 
 ペアは、中国がすごいのなんの。中国のペアは本当に素晴らしい。Qing Pang/Jian Tongのペアは、会心の演技後、よしっと自分で納得していたのが面白い。


 そして男子スケートである。まあこれはもうテレビでやっているので、俺ごときが付け加える必要も無いが、今回ジョニーが好きになってしまった。今まではなんかオカマっぽい野郎で、女にベタベタするいけ好かない野郎だと思っていたが、いやいやいやいや、ジョニーはすげぇわ。まじで。顔がキレイだし、技が確実だし、ナルシストなんだろうけど、まあ許せるレベルだし、世界観がある。そしてエキシビションの話まで飛んでしまうが、本当に本当に素晴らしかった。LADY GAGAの曲も素晴らしくて、頭にコビリついている。俺はマリリン・マンソンが好きなのだが、あのメイクはちょっとマリリン・マンソンっぽかった。しかもキレイなマリリン・マンソンって感じが良かった。あの妖しい感じは貫き通して欲しい。
 そして織田選手もダイスケ・タカハシも、なんとか学生の時の友達にいそうで、世界に大和魂を見せてやれと思うが、、まあ・・いいと思う。
 そしてライサチェックが一番すげーと思った。キングすぎるだろう。あれは。貴公子・・・。GANTZに出てきそうである。出てきたら星人をいくらでもやっつけそうな感じがする。彼のエキシも最高だった。エキシなのに、あんなに最後照明を明るくするなんて・・・。


 というわけで、総括すると、一番の注目は、ELENA ILINYKHさんであった・・・。


 今日はヨナまでたどりつかなかった。。。