熱情的ヨナ応援ブログ

キム・ヨナのファンが作る、Yu-na Kimファンの、キム・ユナファンによる、金妍兒ファンの為のページ
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最後に去っていく姿
JUGEMテーマ:フィギュアスケート

ヨナのfacebookより
 


"I really hope that when I leave、my last trace will be beautiful。"〜Yuna Kim 
( 'Yuna Kim、Another Challenge' SBS Special Documentary)
「最後に去っていく姿が美しかったらいいですね」


2013年3月24日に放映されたSBSドキュメンタリー'キム·ヨナ、もう一つの挑戦」より
メダル・セレモニー後のインタビュー

sochi2014 Yuna Kim interview


少しずつ訳していこうかな(^ ^)/ ご協力本当に感謝です。




インタビュアー(以下イ)「こんにちは」
ヨナ「こんにちは

左の解説者(以下解)「知ってる?最高よ。(알지? 네가 최고야?)」
イ「キム・ヨナ選手、おめでとうございます。」
ヨナ「ありがとうございます(감사합니다)

イ「キム・ヨナ選手、二回目のオリンピック、バンクーバーからソチと競技を終えていかがでしたか。」
ヨナ「今泣いているのは、直前のインタビューまで全部点数のことばかり聞かれたけど、終わったという感慨で泣いているんです(끝난 게 홀가분한 마음에 눈물이 나는 것 같다)

イ「ありがとうございます(고마워요. )。採点後の気持ちを教えて下さい。」
ヨナ「よく分かりません。何も考えていませんでした。終わったという安心しかありませんでした。

解「納得しがたい点数見て怒ったでしょ?」
ヨナ「実際、私よりみなさんが怒ってるみたいですね(주변에서 더 화를 내시는 것 같다. ) 私はただ終わったことに満足しています。

イ「キム·ヨナ選手が頂点に上がった後、2年近く休みました(김연아 선수가 정상에 오른 다음에 2년 가까이 쉬었어요.)。そして再び挑戦をしようと決心しました(心を食べた)が(그리고 다시 또 도전을 하려고 마음을 먹었는데,)、多くの苦労があった選択だったのだろうという気がします(많이 힘들었던 선택이었을 거라는 생각이 들어요. )。キム·ヨナ選手のフィギュア人生の中で、どんな選択が最も良かったと思いになるのか知りたいです。(김연아 선수 피겨 인생에서 어떤 선택이 가장 잘했다는 생각이 드는지 궁금해요.)

ヨナ「これまで多数の選択をしましたが、ソチに来るまで...(이거 하면서 수많은 선택을 했는데, 소치를 오기까지... )、ソチに来ようとする、その決定があまりにも大変でしたが(소치를 오려고 하는 그 결정이 너무나 힘들었는데, )、最終的にはどのように終わっても、どのような選択をしても、良く終わって気持ちが良いです(결국은 어떻게 끝이 나든 어떤 선택을 하든, 잘 끝나서 너무 기분이 좋습니다.)。

イ「キム·ヨナ選手の選手としての舞台は今回が最後だったが(김연아 선수 선수로서의 무대는 이번이 마지막이었지만, )、社会人としては今始まるでしょう(사회인으로서는 이제 시작이잖아요. )。何を一番先にするようか気になります(뭘 가장 먼저 할 것 같은지 궁금합니다.)。」

ヨナ「まあ..私が選手としてはこれが最後ですが、やることもたくさん残っていて(글쎄.. 제가 선수로서는 이제 마지막이지만, 할 일도 많이 남아있고, )、今その場としては計画されていることが多いので(지금 당장으로서는 계획돼 있는 일들이 많기 때문에,)、そのようなことをまずやって、休憩も少し取って、今は余裕をちょっと持っても構わなそうです(그런 것들을 먼저 하고, 휴식도 좀 취하고, 이제는 여유를 좀 가져도 될 것 같아요. )。あまりにもこれまで走ってばかりで...余裕を持って新しい人生を探さなければならないですね。(너무 그동안 달리기만 해서... 여유를 갖고 새로운 삶을 찾아야죠.)

イ「なぜ大韓民国の人々は、なぜ多くの人々はキム·ヨナ選手の公演を見ればキム·ヨナ選手を見ると、こんなに泣くのでしょうか?(왜 대한민국 사람들은 왜 많은 사람들은 김연아 선수 공연을 보면 김연아 선수만 보면 이렇게 울까요?)」

ヨナ「そうですね・・・。私も幼い頃からマスコミに出てきた子供の頃から、年令を重ねるまで長い歳月が流れたが(글쎼요.. 제가 너무 어렸을 때부터 언론에 나왔고 어렸을 때부터 나이 먹기까지 오랜 세월이 흘렀는데, )、その分、子供の頃から見守って来られた方には、それほど年月がたくさん経ったので、(그만큼 어렸을 때부터 지켜봐 오신 분들은 그만큼 세월이 많이 지났기 때문에) さらに私のような似た心を持って下さるようです(더 저와 같은 비슷한 마음을 가져 주시는 것 같아요. )。迂余曲折も多かったしそんなことを通じて似た感情を感じられたのではないでしょうか(우여곡절도 많았고 그런 것들을 통해서 비슷한 감정을 느끼시지 않으셨을까...)。

イ「今見ているファンの方々に挨拶してください。(지금 보고 계시는 팬 분들에게 인사해 주세요.)」

ヨナ「これまで本当にありがとうございました。これからもずっと幸せに暮らしている姿をお見せしていきます。ありがとうございます(그동안 너무 감사드렸구요. 앞으로도 계속해서 행복하게 잘 지내는 모습 보여드리겠습니다. 감사합니다.)。 」

 
ヨナを質問攻め Universal sportsのインタビュー

 


http://www.universalsports.com/news/article/newsid=516735.html

L.Aの天気は最高です。でもキムは春の東京での準備ができています。

1年が経ち、オリンピック・チャンピオンのキム・ヨナは、3月の東京での世界選手権における氷上の争いに戻る準備ができています。
Universalsports.comは、L.A.、コーチ陣、および目標について話すために、新しいカリフォルニアっ子を質問攻めにしました。

1年前、「女王」に対する国全体のプレッシャーと共に、韓国のキム・ヨナは、フィギュアスケートにおける究極の目標を実現させました。彼女は、2度の完璧なスケートによって、オリンピック・チャンピオンになりました。 多くの人が、彼女は歴史の本の中へ去っていくと予想しました。しかしキムは違いました。
バンクーバー以来、彼女は、トロントからロサンゼルスまで移って、コーチ陣を変えて、今、3月に世界選手権で競争に戻るのに準備させています。 UniversalSports.comは初めて、1年の間で初めて競技に参加する事と、ハリウッドに住むことに関して彼女がどう感じているか、この20歳を質問攻めにしました。

あなたがオリンピックのチャンピオンであるという事は、最終的にいつ、しっくりきましたか?
「メダル授与式で、私が金メダルを受け取るために表彰台に乗ったとき、私がオリンピックのチャンピオンになるという長年の夢を実現したんだと、最終的に分かりました。 それは私にとって、感動的な瞬間でした。」


オリンピックの金メダルを獲得して以来、あなたにとって最も素晴らしい出来事は何でしたか?
「オリンピックの後に、私は、ユニセフの親善大使になって、国連の平和の日の式典に参加しました。 ユニセフに関わることは光栄だと感じます。そして、その理念に関心を高める際に、小さな役割を果たせることを誇りに思います。
去年の9月に、私は、韓国人のファンから素晴らしいバースデープレゼントを受け取りました。ユニセフへの私の名前による寄付です。 私はとても驚きました。同時に、私が関わったことで、人々に、世の中に影響を与えることについて考え始めるきっかけを作れたということが幸せでした。また、私は、女性のスポーツ財団のAnnual Galaにおいて、数名の偉大な女性のアスリートたちに会いました。」

夏はどれくらい大変でしたか? あなたは、引っ越して、コーチ陣を変えて、スポーツの最も大きい賞を勝ち取った後に再び訓練する動機を見つけなければなりませんでした…
「いろいろなことはしばらく厳しかったのですが、私には、新しい訓練環境とコーチに適応するどんな問題もありませんでした。 ある意味で、それは、先を見て前に進むために私を動機づけるのを助けました。」


あなたはあなたの新しいコーチと訓練所に関して何を最も楽しんでいますか?
「ピーターは、トレーニングの間、厳しく追い込みますが、いつも肯定的な言葉で奨励するようなタイプのコーチです。 私たちはとても良くやっています。 ここアーテシアでは、訓練している沢山の良いスケーターたちがいます。そして彼らは素晴らしいエネルギーの源です。」


あなたは、ロサンゼルスのどんなところが好きですか? (キム・ヨナだと)認識されてしまいますか? ビーチを訪問しましたか?
「L.A.のすばらしい所は、天気です。 私はいくつかのビーチに行ったことがあります--ニューポートビーチ、サンタモニカ、そしてマリブですね。 私は、L.A.に住んでいるのを楽しんでいます。私はよく、特に韓国人によって認識されます。そして、彼らはとても親切です。 彼らのサポートと関心は私に多くを意味します。」


あなたはグランプリSeriesに参加しませんでした。 長年の間ではじめて、訓練して、競技をしないという時間はどんな感じでしたか?
「私はシーズン中ずっと、とてもオリンピックに集中していました、そしてオリンピック後には、ただ休む必要がありました。私は、世界選手権大会の準備に多くの時間があるので、グランプリシリーズをスキップしたのは、正しい決定をしたと思います。 また、それは詳細に私のプログラムの焦点を再び合わせて、チェックする機会となりました。」


あなたのトレーニングは、今年の夏、秋にショーをした後、いつ再び軌道に乗ってきましたか? あなたはいつ世界選手権の準備ができていると感じ始めましたか?
「私はAll That Skate LAショー直後の10月に、、ピーター・オペガードと共に訓練し始めたとき、本当に新しいシーズンのためのトレーニングに集中し始めました。 私は先月、世界選手権の準備ができていると感じました。」


あなたは今季、何か新しい要素を試みますか?
「少しの驚きもないでしょう。 私のテクニカル・エレメンツは昨年とそれほど異ならないでしょう。 私は私のプログラムにおける、キャラクターの芸術的な運動と表現を完成させるのに集中してます。 私は観客の方々に物語を語れるようになりたいです。」


あなたは、あなたのスケートのどんな要素を向上させようと取り組んでいますか?
「今シーズンの私の準備は、今年遅くに始まったので、私の目標は、プレオリンピックと同じようにフィジカルに最高な状態に戻ることです。」

あなたは、再び競うことに神経質ですか?
「はい、私は、ちょっとだけ神経質であり、同時に、わくわくしています。」

あなたの世界選手権の目標は何ですか?
「私が世界選手権のために用意をしたことを全て見せて、観客の方々と共に呼吸したいと思います。 結果はそれに伴うでしょう。」

あなたは世界選手権で何を楽しみにしていますか?
「前回の試合から1年ですので、氷上に戻るのが楽しみです。私は、観客の皆さんと、ファンの方々に私の新プログラムを見せるのを待ちきれません。」

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愛らしいワルツ「こうもり序曲」 悲しいように美しい「ミス・サイゴン」




 抜粋ばかりだと、よく分からないという気もするけれど、すごく長いストーリーを載せるというのは、気が引けるので、なんかヨナの文章がノッているところを少しだけ、また抜粋してみようかな。2007/2008シーズンのショートプログラム「こうもり」序曲について、書いているところである。懐かしいなぁ。もう四年も前の話だとは信じられないほどである。



ロクサーヌのタンゴで見せた強い表情と、
あげひばりで見せた歓喜に満ちた表情とは違い、
可愛くて愛らしい明るい表情まで、
とても多様な表情を作らなければならなかった。

もう表情の演技をすることに対して恥ずかしいことはなかったので、
デビッドの表情を簡単にまねることができた。
彼は表情一つ一つにストーリーを聞かせてくれた。
手を耳につけて「聞こえる? うん、聞こえるね〜!」みたいに。

初めはそんな設定が滑稽だったが、
表情をさらに自然に作るようにするには確かに役に立った。
ステップ シークエンスは、最高に明るく、時には指揮するように。







 そしてその年のフリーの「ミス・サイゴン」についても書いている。デビッドとヨナのコンビは、本当に最高だ!! デビッドも天才振付師と言われるが、デビッドの意図を正確に理解して、更に良いものを表現しようとするヨナ。この二人のコンビがあって、名プログラムが沢山生まれたのだろう。今年の世界選手権も楽しみだな!!



ショートプログラムのこうもり序曲と違って、
ドラマチックな動作が多かった。
切ない表情、力強い動作と表情。
この音楽には色々な感情が含まれていた。
切なさ、怒り、悲しさ、明るさ、喜び。

デビッドはこれらを一つも逃さずに、
ディテールに細かく表現して、
人々が音楽と共にそのような感情の流れを
感じられるように振りつけを組んだ。

よく他の選手たちは、
クライマックスの部分で炸裂するような
スパイラルシークエンスをする。
しかしデビッドは静かなスパイラル・シークエンスを望んだ。
とても明らかなシナリオを嫌うデビッド。
そのようなデビッドのアイディアがとても良かった。

強烈な音楽に埋められてしまうスパイラルではなく、
スパイラルの優雅な動作と、
スピードがより引き立って見える最高のアイディアであった。

スピンの途中にも音楽の雰囲気が変わる部分があった。
これはどうしたら良いだろう?
あ、音楽に合わせてスピンのポジションを変えれば良い!!
話さなくても私たちはお互いが願うことを次第に分かっていた。
この時デビッドの一言。

「パーフェクト!」

(キム・ヨナの「7分ドラマ」より p139〜141抜粋)



キム・ヨナの本を翻訳 腐った微笑?



 ヨナの書いた本を全部訳してみたのだが、やはり日本語版が出る事はないのかもしれない。うーむ。ほぼ何も知らない外国語で全部翻訳するというのは、最初に想像していたよりも、よっぽど大変であった。でも楽しい作業でもあった。
 日本語の本を読むのだって、ある程度の時間はかかる。英語の本を読むのは、けっこうかなり大変である。ましてや、韓国語の本を一冊読みきるというのは、本当に大掛かりな作業であった。1ページを20分でキーボードに打ち込むとして、更に機械翻訳して、色々と検討していると、1ページだけでも40分くらいは経過してしまう。本文だけでも260ページくらいあるので、全部で200時間くらいかかったのではないだろうか。韓国語を知らない人にやればいいじゃんとは、ちょっと言えない・・・。できたものをWordに貼ってみた。ページ数は171ページ。文字数を数えてみると、スペースを除いて、なんと204514文字である。これは韓国語の部分と日本語で翻訳したものを合わせたものである。なので約10万文字を手で打ち込んだ事になる。10万文字と言っても、韓国語は1文字を打つのに母音と子音で2〜4つの組み合わせである。という事は、何十万回キーボードを叩いたのか、よく分からない。やはり韓国語ちゃんと勉強したい。でも考えてみると、ヨナも同じことをしたのである。推敲をしたのなら、更に沢山文章を作ったのだろうと思った。つまりヨナの打った文章と同じ文章をなぞったわけである。こんなに文章を書けるなんて、しかもまだ若いのに、やっぱ地頭が良いのだなー。ヨナは。

 さて、2006/2007シーズンのショートで使った「ロクサーヌのタンゴ(El tango de Roxanne)」 について、語っているところがとても面白い。

 「ロクサーヌのタンゴ」を初めて聞いたのは、
 小学校5学年だった2001年、
 米国、コロラドで現地訓練に行った時であった。
 トム・ディクソンの奥さんの振付け師、カタリナ・ディクソンが、
 ムーランルージュのDVDを見せてあげてと言った。
 幼かった時なので、その映画をどのように見たのか分からないが、
 とにかく姉さん、兄さんらと共に映画を見ていると、
 音楽が耳に入ってきた。
 強烈な照明ときらびやかな踊り子らの踊り、
 そして情熱的で美しい音楽。
 すべてのことが魅惑的だった。
 「いつか必ず、あの音楽を使ってしまうのだ!」


 中学校2学年の時、ジュニア二回目のシーズンの
 新しいショート プログラムを受ける為に、
 またコロラドで現地訓練を行った。
 前シーズンの二つのプログラム
 "Snowstorm"と"Papa, Can you hear me?"
 は、見ためもゆっくりで、悲しい曲であったため、
 今度は何か新しくて早い曲に変えてみたくて、
 振付け師トム・ディクソンに話した。
 「ロクサーヌのタンゴを使えばどうでしょうか?」



 この音楽を使おうと、決心した瞬間から表現力に対して欲が出たようだ。
 タンゴというジャンルを選択したことは、私にとって大きな冒険だったが、
 それだけやりたいと思う気持ちも大きかった。
 だが容易ではなかった。
 タンゴは官能的で誘惑的な女性が踊る踊りだ。
 花で例えるならば、血の色に近い赤いバラのようだと言うべきだろうか。
 そんな美しさと、強烈さを表現しなければならない。
 十五という私の歳では、表現するのが容易ではない表情と動作を、習得しなければならなかった。 
 このように強いスタイルのプログラムは、生まれて初めてであったし、
 実際に表情の演技をしようとすると、ぎこちなくて恥ずかしかった。
 何か秘密の微笑を浮かべながらも、目では睨まなければならなくて、
 時には恐ろしい表情も作らなければならなくて・・・。






 「ロクサーヌのタンゴ」は、二つのシーズンの間、
 毎回少しずつ違うように演技した。
 それと共に、どのようにすれば観衆と審判たちに、
 私の感覚をよりよく伝えられるのかを悟った。
 この過程で分かったのが、いわゆる"妖しい微笑"であった。
 鏡を見て練習する時、私の微笑を見た人たちが、
 背筋が寒くなるような何かを感じたらと思った。
 "妖しい微笑"も、ずっと練習してみると色々な種類があって、
 毎回、演技するたびに表情を変えてみた。
 そして、最終的に私だけの"最高の妖しい微笑"を捜し出した。
 結論は微笑70パーセント、睨む30パーセントだ。
 そのまま深刻に睨むよりは、微笑で明るい姿を見せた方が、
 感じが悪くもなく、恐ろしくもないけれども、
 殺伐とした雰囲気が出てくるということを知ることになった。


 (ヨナの「7分ドラマ」 P92〜94より抜粋)





 ヨナは非常に研究熱心で、鏡の前で色々な表情をしていたのである。
 妖しい微笑と翻訳したが、本当は「腐った笑顔」と言う言葉である。ソグンが腐ったという意味で、ミソが微笑で、あわせてソクソという韓国で流行った(?)言葉である。キザな薄笑いと翻訳するという説もあるし、ニヤリとした微笑というのも良いかもしれない。
 そして↑この写真のヨナが、正にその微笑をしている瞬間である。くぅーーーーーーっ。かわいい。


 (おまけ)

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ヨナの公式サイトにヨナからメッセージ



 わー、ヨナの公式サイトにヨナからのメッセージが載っている!!


2010.09.05 12:24
생일 축하해주셔서 감사드립니다!
誕生日を祝ってくださったこと感謝申し上げます!


안녕하세요 여러분~ ?!!!!

こんにちは 皆さん〜?!!!!
생일 축하해주셔서 감사드립니다!!
誕生日を祝ってくださったこと感謝申し上げます!
솔직히 그동안에도 많은 분들이 축하해주셨지만 저에게 있어서 생일이라는게 큰 의미가 없었던 것 같아요..
正直、これまでにもたくさんの方達に祝っていただきましたが、私にとって誕生日というのはそれ程大きな意味を持っていませんでした…
그저 생일날 운동이나 안하면 감사했었죠..ㅋㅋㅋㅋㅋㅋ
ただ誕生日には訓練をしないで済むから、そこには感謝していました…(笑)
하지만 이번 생일 그 어느 때 보다 더욱 많은 분들이 축하해 주시는 것 같아
けれど今回の誕生日には、いつもよりたくさんの方達に祝ってもらえて、
정말 행복한 생일을 맞게 된 것 같아요ㅠㅠ
今までで一番幸せな誕生日でしたㅠㅠ
특히 저의 이름으로 기부금을 전달하는(그걸 어떻게 설명하는지??ㅜㅜ)
特に私の名前で寄付をして下さったこと(この気持ちをなんて言ったらいい??ㅜㅜ)
세상에서 가장 아름다운 선물을 받게 되어 더욱 뜻깊고 절대 잊을 수 없는 날이 될 것 같습니다.
世界で一番美しい贈り物をもらって、今回の誕生日は本当に価値ある、一生忘れられないものになりました。
아무리 생각해도 저는 행운아임이 틀림없네욜ㅋㅋㅋ 하앍~~ 행복합니다ㅜㅜ
いくら考えても、私が幸せ者であるということにはいくらの間違いもないでしょう ふふふ 幸せですㅜㅜ
감사드리구요!! 하느님, 부모님.. 낳아주셔서 감사합니다♡
本当にありがとう!! 神さま、両親に…産んでくださってありがとう♡
 
 
 "たくさんの方達"の中に、たぶんきっと私も入っているはずだ!! なんか元気そうで良かった。

 ヨナファンの皆さん、本当に良かったね。ファンの気持ちがヨナに届いたかもね。

 ハッピーなバースディになったみたいでホントによかった!!

 
 誕生日の写真はこちらより↓
http://www.yunakim.com/eng/yunaspace/photodiary/list.do?sessionid=1283769607000

ヨナからのメッセージ






 

 久しぶりの投稿。皆様、コメントいろいろありがとうございます。返事してなくてすみません。

 ヨナからのメッセージだ。

 ユニセフ大使になったみたいだね。

 結局のところ、ヨナの偉大な愛という事なのですな。

初めての国際大会(2)



 また続きを翻訳してみた。
 しかし、これはあくまでも紹介であり、引用です!!! 早く日本語訳が出ればいいけど、一体どうなっているんだろうか!!! 韓国の出版社にメールでもして、確かめてみよう。

http://www.joongangbook.com/00_index/index.asp

 ここがその出版社の公式ホームページである。
 そして、今、日本語訳がいつ出る予定なのか、質問してみた。もしかしたら答えが返ってくるかもしれない。

 さて初めての国際大会で優勝した後の話である。

(「キム・ヨナの7分ドラマ」 P53より)


 ジウン姉さんと私は、バンケットとの時、韓服を着ることにして、あらかじめ準備して行ったが、取り出してみると色が全く同じだった。 私たちは双子のように同じ韓服を着てバンケットに行った。 韓服を着た私たち二人の姿が珍しかったのか、写真を取ろうという人がたくさんいた。

 その時ジュニア部門でエバン・ライサチェク選手が出場したが、ジウン姉さんと私はハンサムだったと大げさに騒いで写真も撮ったりした。


 私にとって国際大会はそれこそ井戸の外の世の中であった。
 テレビではなく、すぐ私の目の前で、派手な技術を披露する選手たちと、歓呼する観衆たちを見ると、"ああ、すばらしい!"という考えが自然に生まれた。
 
 そして胸の片隅で何かが、うごめき始めた。
 "私もこういう舞台に立ってみたい。"
 胸がドクンドクンと高鳴った。

 幼い時期スケーティングがやたらと面白ければよかったけれど、今は上手にしたいと思った。
 スケートをさらにうまく滑って、より大きい世界で"スケーター"として認められたかった。
 その日、私は国内大会では感じることができなかった胸が熱くなって仕方が無い感じを受けた。

 私が想像できなかった、より大きい世界を見たし、その世界に向かってすでに一歩を踏み出したように私の夢はすでにむくむくと大きくなっていた。

◆KBS Special "The Lark Ascending" part 2


 こちらの動画の3:02ぐらいが、このスロベニアで行われた国際大会の様子である。表彰台で金メダルを胸にかけて、嬉しそうな様子もある。4:52くらいでは、韓服を二人で着て、楽しそうな様子もビデオに映っている。

 この時のヨナは、とってもちっこくてあどけない。この動画は昔見たことあるけれど、二人の韓服はおそろいだったのかと思っていた。偶然に同じ色だったとは知らなかったなー。

 この写真は本当にかわいい。バンクーバー・オリンピックで金メダルを獲ったライサチェクは、上の写真の右上の男の子である。この頃にもう二人は出会っていたんですねー。

 
 ちなみにこの大会を調べて見ると、wikipediaのこちらに情報があった。ライサチェクはこの年(2002年)、ジュニアで優勝している。またこの三年前の1999年には、ノービス女子は中野友加里選手が優勝、ノービス男子で高橋大輔選手が優勝。つまり日本のアベック優勝だったのである。さらに鈴木明子選手も同じ年にジュニアで銀メダルである。
 若いフィギュア・スケーターの登竜門的な大会であるようだ。

初めての国際大会



 また翻訳してみた。P52くらいの話である。
 ヨナが初めてスロベニアの国際大会に出場した時の話である。

小学6年生だった2002年4月、スロベニアで開かれたトゥリグラフ・トロフィー大会に出場することになった。 私には初めての国際大会であった。 公式大会ではなかったが当時活動していた荒川静香選手や、本田タケシ選手など高いレベルの選手たちが出場した大会だった。

当時私は幼かったし、国際大会は初めてであったため、震えて緊張するよりは遊びに行く気持ちだった。 初めて海外で競技をしに行く場所というだけでも楽しかったし、私より姉さんであったチェ・ジウン選手も共に行ったので、大きな負担もなく出場した。



"やはり私たちの食べ物が一番おいしいよね? これ食べて頑張って上手にしなければならないね!"
"へへ、だね!"

私たちはシン・ヘスク コーチと共に、ホテルの部屋でラーメンや、ユッケジャンなどの韓国料理を食べた。 競技前日に、緊張もしなくて食べてばかりいる幼い弟子たちを見てコーチはどれくらい心配が多かったのだろうか。



ショート プログラムは「カンカン」で、ロング・プログラムは「動物の謝肉祭」であった。 競技場はとても古くて寒くて、競技直前までコーチの長いコートを掛けて待機しなければならないほどであった。

ロング・プログラムで失敗を少ししたが、最後までよく滑り意外にも私が1位であった。13才未満の選手たちが出場するノービス部門で1位。 実際、1位になるべきだとの考えも、なりたいという考えも別になかった時であった。



とても幼かったためにすべてのことがドギマギしたし、本当に何の考えなしで競技に臨んだようだ。 ところでノービス部門で、高難易度トリプルジャンプを跳ぶことができる選手が殆どなくて私が注目をあびた。 当時私はトリプルジャンプを跳べる数少ない小学生だった。 




"ヨナ、とても上手だったよ! おめでとう!"
"姉さんもおめでとう!"
"皆とても上手だったね! 先生も本当に気分が良いね"





 ってな感じで、ヨナは本当に食べるのが大好きな子供だったようだ(笑)。
 
 無邪気で可愛いですな。国際大会で緊張もせずに1位になるという、末恐ろしい子供だったようだ。

また少しだけ翻訳
JUGEMテーマ:フィギュアスケート


 久しぶりにまた投稿しなければ・・・。仕事が忙しくて家に帰ってきて時間がない。
 でも定期的に更新しないと、本当にそのままになってしまうので。
 それにしても、ヨナの7分ドラマは、日本語訳が出版されないのだろうか。なんなら私が書いても良いんですけど・・・。
 などと、そんな事も言ってみつつ、今日翻訳した箇所を少し紹介してみますか。ちなみに超訳なので、若干修正しているところもあるし、抜粋しているので、かなり省略している。


(P48より)

中学2年の時、カナダ マリポーサで現地訓練を行った。
ジェフリー・バトル、本田武史などの
レベルの選手たちと共に訓練をした。
ジュニア デビューを準備するシーズンなので、
ジャンプやスビン、振りつけなど色々なものを
より一層細心に気を遣わなければならなかった。





共に訓練する選手たちの年齢がほとんど同じで、
互いに親しかった。
リンクは歩いて十分程度かかるが、
行く道に韓国の方が主人のスーパーマーケットがあった。
コーチ様たちが、他の仕事をされる時、何人が見張りをして、
残りの子供たちがこっそりと行って"食糧"を買ってきた。



宿舎に荷物を入れておく小さい部屋があったが、
その中に食糧を入れておいて、暇が出来次第食べた。

一度はその狭い空間に頭だけ
ぐいっと入れて食べているところに
突然コーチが部屋に入ってこられた。

そのまま停止!

私はカバンの中から何かを取り出すふりをした。

卓越した演技力!




週末にショッピングモールに行った時が絶好のチャンスだ。
食糧を準備するとても良い機会だった。

クッキーを買って食べようと、どんなものを食べるか
熱心に選んでいるところに突然後ろから、
なじみの声が聞こえた。

"何してる?"
"えっ? あ、コーチ! これ召し上がりますか?"

だが、コーチ様が寛容にも、
そのままお前たち食べなさいと言ってくれた。
とてもありがたかった。




 うーん、食事制限されていて、いつもお腹をすかせていたのかもしれないなー。
 ヨナが子供のころの話であるが、 かわいそ〜。
 コーチの説教をかわすためにも、ヨナの演技力は役に立っていたのかもしれない(笑)